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薬や医薬品の生い立ちからデザインされるまで

薬の起こり

みなさんは、「薬創り(創薬)」というと、どのようなプロセスを想像されるでしょうか?
病気の発症メカニズムを解明し、その病気を治したり(あるいは病状を和らげたり)、病気が起こらないようにしたりするには何が有効かを考えて、今日の薬はデザインされたり、スクリーニング(薬理評価)されたりしています。

しかし歴史をひもといてみると、このようなプロセスをとらなかった薬がたくさんあることがわかります。
たとえば、漢方薬を考えてみましょう。「漢方」とは、中国古来の医学理論をベースにして日本で練り上げられたもので、主として生薬や鍼灸を用いる医学のことをいいます。

中国医学がいつごろから発達したのかは定かではありませんが、漢の時代(2000年ごろ)に、365種類の薬草をまとめた『神農本草経』という本が編纂されています。「本草」とは、動植物由来の薬物のことをいいます。一方「神農」とは、あまたの植物の中から薬用のものを選び出した人物で、自ら薬草を口に含むことできたそうです。

神農本草経では、生薬を三つに分類しています。上品とは「生命を育み、長期間飲むもの」です。中品とは「病を治し、元気にするもの」です。下品とは「病の治療に用い続けてはならないもの」、つまり作用の強いもので、附子(トリカブト)使用量を誤ると毒性が現れるものもあります。

このように、病気にいろいろな生薬を試してみて、有効性と毒性とを勘案しながら代々受け継がれたものが、今日の生薬として生き残ったわけです。神農の言い伝えにもあるように、生薬は数千年にわたる人体実験の賜なのです。しかし、これらの生薬がなぜ特定の病気に効くのかはずっとわからないままでした。

もちろん、今日では多くの生薬の有効成分が抽出されて構造決定され、錠剤やカプセルに形を変えて使用されています。病気に対する作用メカニズムが解明されたものもたくさんあります。

話を西洋医学に向けます。古代ギリシャ(紀元前400年ごろ)で「医学の父」といわれたヒポクラテスは、原始的な医学から迷信や祈薦を切り離して、病気の原因を科学的に究明しようとしました。その後紀元80年ごろに、ギリシャのディオスコリデスは、たくさんの薬草(ハーブ)をまとめた『マテリア・メディカ(薬物誌)』を編纂しています。それでは、ヒポクラテスの時代に端を発し、現代において最もポピュラーな薬の話をしましよう。


薬と医薬品の違い
薬または薬物というのは、薬理作用と呼ばれる、病気の予防や治療に役に立つ作用を体に与える化学物質の総称です。薬にはさまざまなものがありますが、その作り方も千差万別です。合成という技術を使って人工的に作る方法、植物など天然物に含まれている有効成分を集めて作る方法、バイオテクノロジーを使って大腸菌や細胞に作らせる方法などがあります。

また、最近ではゲノム創薬というヒトのゲノム情報に基づいて創り出す新しい考え方に基づいた薬や、遺伝子治療に使われる遺伝子医薬品と呼ばれるものも開発されつつあります。

このようにいろいろな方法や考え方で創り出された化学物質は、まずは試験管内でその作用が調べられます。ここで有効性があることがわかると薬の候補物質となりますが、この時点ではたとえその作用がいくら優れていても本当の「医薬品」になるかどうかはわかりません。

試験管内の効果は、酵素や受容体(レセプター)などの標的分子や、これらの標的分子を持っている細胞を用いて直接の作用を見ただけなのです。試験管内と同じことがヒトの体の中で起これば作用が期待できますが、約60兆個という細胞からできている人体の外からこの化学物質を投与しても同じことが起こる保証はありません。投与したものが体の中で標的分子に遭遇するという最終ゴールに到達するまでには、たくさんのプロセスと乗り越えなければならないハードルがあるのです。

最初のハードルは、ヒトにちゃんと投与できる「かたち」にできるのか、試験管内と同じ効果が得られるような形にできるのかということです。これを「剤形」といいます。錠剤やカプセル剤、注射剤などさまざまな剤形が使われますが、薬物が適当な剤形と組み合わせられて初めて「医薬品」という名前がつくのです。いくら画期的な新薬が発見・発明されても、ヒトに投与可能で有効性を引き出せる剤形にできないと、せっかく見つかった宝石が原石のまま放っておかれて値打ちのないものになってしまうのです。

薬のデザインとは
薬って「デザイン」するものなの?みなさんは、風邪を引いて熱があるときや胃が痛いときに飲んだり、水虫になったときに塗ったりする薬がどのようにしてデザインされたか考えたことがあるでしょうか?そもそも薬をデザインするとはどういうことなのか、びんと来ない方が多いのではないでしょうか。

自動車やドレス、建物などは実際に目に見えるものであるため、それらをデザインすることはイメージしやすいと思います。それに対し薬となる分子は肉眼で見ることができません。目に見えないものをデザインするといってもイメージがわかないのも当然だと思います。

では見えない分子をどのように設計するのでしょうか。病院や薬局で手に入るほとんどの薬は、炭素や水素、酸素、窒素といった原子が組み合わさってできています。

薬は「デザイン」するというより、試験管を振り混ぜて「作る」というイメージが強いのではないかと思います。

しかし、家や自動車が設計図をもとに組み立てられるのと同様に、薬を「作る」にも設計図が必要です。この設計図の最後に薬の姿(化学構造)が描かれているのですが、この「姿」を描くことが薬を「デザイン」することなのです。

では薬はどのようにデザインされるのでしょう。薬をデザインするプロセスは大きく二つに分けられます。最初の段階では、薬のもとになる「種」化合物を見つけます。無から有を生み出すこのステップは古来偶然に頼ることがほとんどで、生薬や天然物などを起源としてきました。

一方、近代になると既存の合成化合物の中から「種」化合物を見つける方法が主流となり、最近では大量の合成化合物を高速で効くか効かないか評価するシステムが構築されるようになりました。また、計算化学と呼ばれる論理的な手法も期待されています。

次の段階では、見つかった「種」化合物の改良を行います。「種」化合物は、そのままでは効果や安全性(毒性)などの点から医薬品となるには充分な性質を有していません。

薬としてより良いものとするためのデザインが行われます。数年前までは、このプロセスは研究者の勘や経験に大きく依存し、多くの時間と労力(人とお金)が必要でした。最近で説明したように、疾患標的(ターゲット)タンパク質の立体構造が解明される例が増えてきて、効率的に薬がデザインできるようになってきています。目に見えない分子の姿をどのようにイメージし、構築していくのか。単純なようで奥の深い薬のデザインの世界です。